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このサントラ、ちょっとレア。第49回 ヒューマン・ボイス=ポリフォニーによるサントラ活用があたたかい件

レアとおぼしきサントラを勝手気ままに紹介していく『このサントラ、ちょっとレア。』怒涛の二月が終わって春に向かってまだまだいろいろとドタバタな志田一穂が、ドタバタながらも今回もしっかりご案内させていただきます。

さて、今回のテーマ、ヒューマン・ボイスのサントラ活用とはいったいなんでしょうか。まぁ文字通りなんですが、サウンドトラック=映画音楽の楽曲に、人の声を一楽器とみなし、それを用いて曲を構成しているということなんですね。要するにそれは歌詞が付いたボーカル曲ではない、インストゥルメンタル曲でのことなんです。これ音楽用語で言うとポリフォニー=多声音楽というのですが、どうも最近そうした楽曲を映画を観ながら耳にする機会があるなぁと漠然と感じておりまして、これはいったいどういう傾向なんだっけ?と自問自答している次第。だからまだまだそうした状況について経過観察中というか、調査分析中だったりするのですが、とりあえずこの段階で事例をまとめておこうかなと思ったわけです。

まずそんなヒューマン・ボイス・サントラ(長いから以下HVS)にいきなり出くわして、うわー新鮮新鮮と感動したのがヨルゴス・ランティモス監督、エマ・ストーン主演の怪作『哀れなるものたち』(2023)でした。

音楽はイェルスキン・フェンドリックスという聞き馴染みのないアーティストで、それもそのはず、映画音楽はこれが最初の作品というから尚も驚きです。

現代音楽的アプローチではありますが印象的なメロディーラインもしっかり奏でられ、それでいて神経を混乱させるような波形の揺らぎを利用したエフェクトで、不安定さを否応なく感じさせる不思議な楽曲たち。そこに人の声がポリフォニー・サンプリングされ、幾何学的ではあるけれど妙な温かさ、ささやかなぬくもりを感じさせる演出が施されているのです。

人の声というものは本当に不思議な存在で、それを耳にするだけで一気に楽曲に感情が生まれ伝わってくるのですね。逆に言えば、楽曲が主体的にぶつかってくるようにも思えるので、映画本編に重ねると邪魔になったりする場合もあると。でもそれが作品の性格にマッチしていれば、相乗効果としては絶大なものが生まれると。要するに、『哀れなるものたち』という奇異な作品に対してはそんな感情露わな楽曲がいやにぴったりフィットしていたということです。じゃあこれをスピルバーグの映画に付けたらどうなるかって話ですよね。まったくフィットしないでしょうし、作品の内容ありきでこのようなあまり聴かないHVSもアリなのだろうと感じたりするのです。

お次は今年はじめに観た『両親が決めたこと』(2024)という作品です。「両親」にルビで「ふたり」と記載されている邦題。要は、夫婦ふたりできめたこと、というのが作品のテーマです。

元ミュージカル舞台女優の妻が余命いくばくかという事態となり、夫婦ふたりでスイスへ行って、ふたりで安楽死を迎えようという、愛し合う夫婦のなかなか衝撃度の高い内容なのですが、なんとそんな物語をミュージカルで表現しているんですね。残された人生を舞台女優がどう過ごすか、そしてどのような終幕を迎えるべきかという心情を、ミュージカルという身体表現も交えて随所に音楽をフィーチャーしたシークエンスが登場するという、かなり新しすぎる、しかしそれをも超える傑作でした。

その音楽がまた素晴らしくて、『哀れなるものたち』同様HVSを全面に押し出した楽曲たちなのです。限りある命の全身が音楽と一体化するために、人間という生き物の“声”がこれまた一楽器として前面に押し出されている。本作を試写で観たとき、事前情報なしで観ていたのでこの音楽は絶対にまたイェルスキン・フェンドリックスだろう!と確信していたのですが、実体はまったく違っていて、音楽を担当していたのはバルセロナを拠点に活動している現代音楽アーティスト、マリア・アルナルでした。

この方は要注目ですね。調べてみると前述したポリフォニーを基礎としたアヴァン・ポップスや電子音楽をクリエイトしている方らしく、この夏8月には日本の東京芸術劇場で上演される「マルコス・ラモウ浄瑠璃 金閣寺」にも歌と音楽で参加するという、かなり気になる存在だったりします。今後映画界での活躍も期待してしまいますよね。

もう一作品、これも今年公開された作品で劇場で観た際、またまたHVSか!とソワソワさせられた作品。HIKARI監督の『レンタル・ファミリー』(2025)です。海外資本映画ですが日本人監督に日本ロケ作品なのでほぼほぼ日本映画、の・ようなもの。

しかしこれの音楽、どこかで聴いたサウンドだなぁと思いながら最後のエンドロールまで辿り着くと、音楽はあのヨンシーだったのです。

シガー・ロスのフロントマンであるヨンシーは既に映画音楽コンポーザーとしても活躍していて、志田としてはかつてなんの気なしに観た『幸せへのキセキ』(原題: We Bought a Zoo/2011)の音楽がとても良くて、そこで担当していたヨンシーという存在を知ったわけです。そうだ、そういえばあの『幸せのキセキ』のサウンドも同じでHVS要素たっぷりだったわ!とようやく合致した次第。

アイスランド出身アーティストのヨンシーの声ってなんというかハイトーンを突き抜けたクリアさがあって、そういう意味では大変インストゥルメントなカンジ。今回観た『レンタル・ファミリー』でも自身の個性としてそうした音色をしっかり一部のサウンドトラックに盛り込んでいること、ちゃんとアーティストとしての自分出しているなぁと感心いたしました。そうした映画音楽コンポーザーのスタンスって大切ですよ。映画を観ながら、これ音楽はあの人だろうなと思わせてくれるとか、映画バカとしては嬉しいものなのです。

まあこんなサントラ、HVS=ポリフォニーをメイン・サウンドとした作品は他にはあまりないだろうなと思いつつ、こうしてまとめていって一つ思い出したのが作品がありまして、それが日本映画『神童』(2007)です。

そうだ、そういえばあの映画の音楽、ハトリ・ミホが手掛けたサントラもまたやはりHVS系だったのではなかったか?と急ぎCDを発掘して久々聴いてみたところ、見事に超HVSモノでした。さすがルーツにノイズやインプロヴィゼーションを持つニューヨーク・ノーウェイヴ・マナーのアーティスト、ハトリ・ミホ。結局ノイズを原点とするもの、最初の楽器って“声”なのかなと、極端ですが真っ先にそう感じてしまいます。叫び、囁き、自然に乗せるかのような声という楽器こそ一番ピュアに伝わるサウンドではないでしょうか。

映画『神童』はピアニストの青年と少女の交流の話しなのですが、映画の中ではピアノの戦慄が溢れていてセリフも最小限だったりする印象なのですが、そこに加えたHVSの存在が妙に抜きんでていて、それでいて映画の邪魔はしていないと。見事でしたね。サントラCDを聴いて改めて素晴らしいなと感じました。

どうでしょう。映画音楽はまだまだ新たな地平を切り拓いておりますですよ。探求しがいのある世界です。なので、今後も新鮮な出会いを求めていきたいと思います。では、また隔週金曜、カッキンにお会いしまょう…。

志田一穂がジョニー志田名義でお送りしている湘南ビーチFM『seaside theatre』

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