• Column

絶望の中で響いたテクノ —音楽が僕を救った話—

日本のクラブミュージックファンのみなさんこんにちは!
私は日本の北海道、帯広市でテクノのクリエイター、DJそしてマシンライブをしているハウリングケイ(Kei How)と申します。
今回私がsonoさんでコラムを掲載させていただくことになりました!sonoさんこの様な機会を与えてくださり本当にありがとうございます!
私は過去に40以上の曲を国内、海外へとリリースし、Spring Tube、DIMGI、Oxy Thch、Zodiac13.そして2023年にR-04さんとExplainさんのコラボレーションさせていただいた曲 ”東北神”がFrank MullerのレーベルMuller Recordsからリリースされました!

2月21日金曜日にはKana MechanikerさんのレーベルDIMGIからLet’s Riotという曲がリリースされました!よろしくお願い致します! 

             

音楽は、ただの娯楽ではない。僕にとって、それは「生きるための支え」だった。

統合失調症と診断され、どん底に落ちた日。何も楽しくなくなり、何をしても意味を感じなくなった。未来なんて見えなかった。生きることそのものに疲れ果ててしまい、二度も人生を諦めようとした。

そんな僕を救ったのが、テクノだった。

僕が音楽に向き合うきっかけのひとつが、絶望の中で聴いていたテクノでした。病院のベッドで、何もかもが見えなくなったあの時。音楽は僕の唯一の支えでした。イヤホンから流れるビートに心をゆだねることで、少しずつ心が軽くなり、沈んだ気持ちを持ち上げてくれたんです。特に、テクノの深いグルーヴは、言葉では表現しきれないような力を持っていて、ただ聴いているだけで、音が自分の中に染み込んでいく感覚がありました。

テクノは、そんな僕にとってただの音楽ではなく、感情の解放でもあり、内面との対話の時間でもありました。そこから、僕は少しずつ音楽を作ることに興味を持ち始めました。

    

挫折と挑戦——デモ送信の苦悩

僕は自分の音楽を作り始め、初めて自信を持てる曲ができました。その曲を手に、海外のレーベルに何度もデモを送りました。しかし、結果はまったく返事がありませんでした。何度送っても、何も変わらない。正直、心が折れそうでした。ここで諦めてしまうか、それとももう一度挑戦するか。それは、自分を信じるかどうかの選択でした。

でも、運命はあるタイミングで僕に微笑んでくれました。それは2014年、とあるハウスプロデューサーから届いたメッセージでした。
彼は僕の曲に対して「これは良い曲だ。海外に送ると良いよ」と言ってくれたんです。その一言で、僕の気持ちは再び奮い立ちました。

彼のアドバイスで、僕はコロンビアのレーベルにデモを送りました。その結果、なんとそのレーベルからAkinokareha.EPのリリースが決まったのです。

これが、僕の初めての海外リリースでした。何度も諦めかけたけれど、その決断が今の自分に繋がっていると実感しています。

    

音楽が教えてくれたこと——希望と勇気

テクノを通じて、僕はただ音楽を作ることだけでなく、無限の可能性を感じました。音楽は僕にとって、ただの趣味や仕事の一部ではありません。時には心の支えとなり、時には夢を追い続ける力を与えてくれるものです。テクノは、ひとつの音楽ジャンルとしてだけでなく、僕の人生そのものを変えてくれました。

振り返ってみると、音楽がなければ、僕は今ここにいなかったかもしれません。音楽があったからこそ、何度も壁にぶつかりながらも乗り越え、前に進むことができました。僕は、まだ小さな存在かもしれませんが、テクノを通じて学び、成長してきました。

そして、これからもずっと音楽を作り続けたいと思っています。音楽の力で、他の人々も救えるかもしれないという希望を持ちながら。音楽は、何度でもやり直す力をくれる。僕のように、どんなに辛い状況でも、諦めずに前を向いて挑戦し続けることが大切だと信じています。

テクノは、僕にとって単なる音楽ではなく、人生を救う力を持っている。これからも、自分の音楽で誰かを救える日が来ることを信じて、音楽を作り続けます。

ライブの様子(YouTube)Hokkaido Obihiro Feel the pulse 2024.10.04

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