
メタバースの街にある人気のラジオ局「META WAVE FM」。駅前に面したガラス張りのスタジオでは、今夜も生放送が行われている。
その前に、異様な熱気が広がっていた。
「Yo!Yo!チェックワンツー!TOLAのビートで心ぶち上げろ!」
紫の髪をなびかせ、黄色い肌をしたTOLAちゃんがラジオ局の前でラップをかます。頭から生えたコウモリの羽が揺れ、身体全体でリズムを刻みながら観客を煽る。
周囲にはメタバースの住人たちが集まり、スマホ型のデバイスやホログラムカメラを片手に、そのパフォーマンスに熱狂している。

「TOLAちゃん凄い…」
たくちゃんは、少し離れた場所でその光景を見つめていた。
今まで、音楽なんてまともに触れたことがなかった。けれど、zunさんとの出会いで興味を持ち、この世界で何かを掴もうと思っていた。でも——。
(オレにこんなこと、できるのか…?)
TOLAちゃんのラップは、まるでメタバースの空気すら震わせるかのようだった。韻を踏みながら、時にメロディアスに、時に攻撃的にフロウを変え、観客を掌握していく。
ガラス張りのスタジオ内では、ラジオDJたちが興奮しながら放送を続けていた。
「TOLAちゃん、マジで最高だな!これが生のフリースタイルだ!」
「今、街のエネルギーを感じてるぜ!リスナーのみんなもこの熱、伝わってるか?」
視聴者コメント欄も大盛り上がり。
——そんな中、たくちゃんの名が呼ばれた。
「Yo!たくちゃん、そこのスピーカーヘッド!お前もステージに上がれよ!」
観客の視線が一斉にたくちゃんに向けられる。
「え?…オレ?」
TOLAちゃんはマイクを差し出しながらニヤリと笑った。
「オマエも、感じてんだろ?音をさ!」
たくちゃんは、全身がこわばるのを感じた。
心臓の鼓動が、まるで爆音スピーカーのように響く。
(オレが…ここでラップ?)
Zunさんのように歌ったこともなければ、TOLAちゃんのように韻を踏めるわけでもない。
でも、ここで逃げたら——。
——結局、またリアルと同じじゃないか。
意を決して、一歩踏み出した。
が、次の瞬間。
「……。」
ステージに立った瞬間、頭が真っ白になった。
TOLAちゃんのビート、観客の歓声、ラジオブースの熱気…全てが圧力となってのしかかる。
「Yo、Yo……えっと……」
言葉が出ない。
「オイオイ、どうした?」
TOLAちゃんが軽く肩を揺すったが、たくちゃんのスピーカーからは何の音も出ない。
——ダメだ。
結局、たくちゃんは何も言えず、マイクをTOLAちゃんに返した。
「チッ、今日はこのくらいにしとくか?」
TOLAちゃんは、苦笑いしながらフォローするようにマイクを回し、観客を盛り上げ直した。
たくちゃんは、そっとステージを降りた。
胸の奥に、ズシンと何かが沈んでいくのを感じながら——。

たくちゃんは唇を噛んだ。勇気を振り絞ろうとしたが、観客の視線がプレッシャーとなってのしかかかりガラスの扉を押してスタジオから飛び出した。
「おい、たくちゃん!」
TOLAちゃんの声が背後から聞こえたが、振り返ることができなかった。
たくちゃんはラジオ局の外へ出ると、そのまま下を向いて歩き続けた。賑やかな音楽が、たくちゃんの心にはただ遠く、虚しく響いていた。
(僕は……まだ、ダメだ。)
悔しさと無力感が胸に広がる。ZUNさんがいなくなったことで、自分が何かを成し遂げなければいけないと焦っていた。しかし、TOLAちゃんのパフォーマンスを目の当たりにして、自分の未熟さを突きつけられた。
夜のネオンが揺れる街を、たくちゃんはひとりで歩き続けた。
(第6話へ続く)
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・メタバース×音楽小説
※この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。