• Column

【寄稿】未聴の電子音楽を「再生」する試み Text by 剛田武 / Takeshi Goda

「音の始源を求めて」は、1950年代半ばに世界の先端を走る電子音楽スタジオとして設立されたNHK電子音楽スタジオにて生まれた電子音楽の作品集です。

このNHK電子音楽スタジオ70周年記念事業Vol.4として、去る7月9日(水) に、東京のArtware hub KAKEHASHI MEMORIALにて「「未聴の電子音楽」湯浅譲二 一周忌追悼コンサート」が開催されました。

このコンサートに訪れ剛田武さんが、今回も詳細なレポートをsonoに寄稿してくださいました。

音の始源を求めて Presents 電子音楽の個展
「未聴の電子音楽」湯浅譲二 一周忌追悼コンサート

2025年7月9日(水)
会場:Artware hub KAKEHASHI MEMORIAL(西早稲田)

主催:大阪芸術大学音楽工学OB有志の会
協賛:オタリテック株式会社
助成:公益財団法人かけはし芸術文化振興財団

<曲目>
1.プロジェクション・エセンプラスティク~ホワイト・ノイズのための~ (1964)
2.ホワイト・ノイズによる「イコン」 (1967)  5ch再生
3.ヴォイセス・カミング (1969)
4.マイ・ブルー・スカイ (1976) 
5.マイ・ブルー・スカイ 第2番 ver.2  (1976)
アンコール: スペース・プロジェクションのための音楽 (1970)

電子音楽/Electronic musicというと現在ではテクノやハウス、ボーカロイド音楽などポップス、ロック、ダンスなど幅広いジャンルを指すが、1940年代後半にアカデミックなクラシック/現代音楽のひとつとして生まれた当時の電子音楽は「テープ音楽」とも呼ばれていて、自然の中の具体音や電子機器から発生する電子音を録音して、レコード盤や磁気テープに固定されて初めて作品として完成するものであった。1954年に設立されたNHK電子音楽スタジオで制作された電子音楽も、その多くがテープに録音された状態で完成作品となっている。設計図や指示書のようなスケッチは残っていても、楽譜やスコアにあたるものは存在しない。作曲家の頭の中にしかないアイデアを、音響技術者と協力して試行錯誤しながら音素材へと具現化し、個々の素材とその組み合わせを実際に耳で確かめながら作品へと纏め上げていく過程は、もしかしたら芸術より建築に似ているかもしれない。ただし、建築と大きく異なるのは、制作前~制作中には、作曲家も技術者も具体的な完成形を知らない/わからない、という事実である。逆に「この世に存在していない」「誰も聴いたことがない」音を作ることこそ、電子音楽の作曲家と技術者の至上命題であり最大の歓びなのである。

ではそのようにして生まれた未知・未聴の電子音楽作品は、いかにして聴き手へ届けられるのだろうか。まずは放送局であるNHKのラジオ番組「現代の音楽」などで放送される。また、多くはないがレコードとして発売されることもあった。イベントや団体からの委嘱作品であった場合は、会場や施設で流された。さらに現代音楽関係のコンサートやフェスティバルで上演されることもあった。

世の中には様々なコンサート(演奏会)があるが、目の前で人体や楽器や機材から音が発生する過程、つまり演奏風景を観ながら、その結果生み出される音の流れや重なりを音楽作品として鑑賞するのが基本である。生演奏ということでライヴと呼ばれることもある。では、テープに録音された音楽を再生することは、果たして「演奏」「ライヴ」と呼べるのだろうか?フィルム・コンサートやビデオ・コンサートでは、同じように完成した作品を再生するが、重要なのは視覚的な映像である。演奏者のいないステージにスピーカーを置いて、録音済みの音を聴くだけなら、自宅でレコードやテープを聴くのと同じではないだろうか?

そんなことを考えたからというわけではないが、筆者は長年電子音楽をレコードやCDで聴くことで満足してきた。基本的に音楽は一人で鑑賞することが多く、特に周囲の人から騒音や雑音と言われかねない奇怪な響きの電子音楽を他人と共有することは滅多になかった。

しかし、その考えが180度ひっくり返ったのが、1年半前に体験した湯浅譲二の「ホワイト・ノイズによるイコン」だった。2024年2月18日浜離宮朝日ホール・リハーサル室で開催された「音の始源を求めて『72°×5=360° ICON』立体音響作品を聴く」というコンサートで、「イコン」が1967年に初演された時と同じように、5台のスピーカーを72度、正五角形に並べた音響システムで再現された。2チャンネルにミックスされたCDでは再現できない立体音響の生々しさに驚愕するとともに、リハーサルでダメ出ししたという厳格な湯浅氏が、最終的に「お墨付き」を出したという事実に、未知・未聴の音を求める作曲家の探求心が、新たな形に結実したことを実感した。

その5か月後の2024年7月21日に享年94歳で逝去した湯浅氏の一周忌追悼公演として、NHK電子音楽スタジオで制作された作品を中心としたコンサートが開催された。

スピーカーが5角形に配置され客席を取り囲む。ミュージシャンのいない電子音楽では、聴衆に直接音を伝えるスピーカーが演奏者の役割をする。世界中のマスタリング・スタジオで愛用されるPMCスピーカーは、最高のプレイヤーと言える。冒頭に湯浅氏が制作したNHKホールのチャイムを流して1分間の黙とう。スピーカーに作曲家の魂が吹き込まれるような気がした。

PMC6-2 Active 3-way Nearfield Reference Monitor
photo by Sachiko Nagata

「プロジェクション・エセンプラスティク」(1964)は湯浅氏がNHK電子音楽スタジオで最初に制作した作品。電子音を積み重ねて構成する西洋の電子音楽とは逆に、すべての周波数を含むホワイト・ノイズから様々な成分を切り出して音響を作成するという、いわば”引き算の美学“による作品。モノラル作品ゆえに、多層的なノイズがひとつの塊となって顔面に迫り、ブラックホールに吸い込まれるような気分になる。

「ホワイト・ノイズによるイコン」(1967)は、同じくホワイト・ノイズを素材としてマルチチャンネル方式で制作された。5つのスピーカーから出る音が風や鳥のように四方八方に飛び回る。予期せぬ方向から出現する音のリアルさに、電子的に合成された人工の音であることを忘れてしまう。明らかに1年半前に筆者が初体験した時より生命感が増している。実は「イコン」の音源は、2023年と2024年の公演では、DAT3本と欠落部分をアナログ4chで修復した音源が使われた。その後、大阪芸術大学でアナログ1インチ8チャンネルのマスターコピーが発見され、そこから作られたのが今回の音源。今年5月に九州大学と京都のロームシアター・ノースで開催された『音の始源を求めて Presents NIPPON電子音楽70周年記念』イベントで公開されたが、東京では初公開となる。湯浅氏が求めたイメージにより忠実な音像になったことは間違いない。さらにスピーカーや会場の違いで音の印象が大きく変わる。これこそ電子音楽のコンサートが一回限りの音楽体験=ライヴであることの証である。

「ヴォイセス・カミング」(1969)は人間の声を取り入れた3部構成の作品。当時の若者の風潮を評した”三無主義(無気力・無関心・無責任)”がテーマだという。①「テレ・フォニ・パシ」は国際電話のオペレーターの会話をコラージュ。世界の国々を繋ぐ多種言語の乱舞は、ネットが発達した現代でも混沌状態の続く国際社会をイメージさせる。②「インタビュー」はインタビュー・テープを具体的な質問内容がわからないように加工、「えーと」「あの~」「すなわち」「つまり」といった無意味な言葉が続く会話は、中原昌也の小説に通じるナンセンスな狂気を感じさせる。③「殺された2人の平和戦士を記念して」は、政治演説と電子音・具体音がせめぎ合う映像的な音像。聴く映画という言葉が頭をよぎる。

「マイ・ブルー・スカイ」(1976)は70年代半ばに登場したゲート(音のオン・オフ操作)を駆使して、その効果で生まれるビート音、パルス音、クリック音の組み合わせにより制作されたアンビエント音響。水の滴りを思わせる静寂な音空間が侘び寂びの世界を描き出す。

「マイ・ブルー・スカイ 第2番 ver.2」(1976)は、湯浅氏が初めて訪れたカリフォルニア大学サンディエゴ校で制作された。大型コンピュータを使って制作した電子音響に、学内の前衛声楽グループ、エクステンデッド・ヴォーカル・テクニック・アンサンブルの演奏を加えた4チャンネル作品。卓越したヴォイス・パフォーマンスと電子音が飛び交う生々しいサウンド・スケープが心地よい。この音源は、湯浅作品の権利関係で連絡が来たアイルランドのレコード・レーベルから借用した貴重なものだという。

想定外のアンコールは、1970年大阪万博のせんい館のために制作された「スペース・プロジェクションのための音楽」。オーケストラを取り入れたテープ作品で、人為的に配置された生楽器のアンサンブルと具体音による立体的な音響は、楽音と電子音を区別しない湯浅の脳内プログラムの具現化と言えるだろう。

「再生」とは、録音・録画したテープやディスクを装置にかけて、もとの音声・画像を出すこと=play backだけではない。衰え死にかかったものが生き返ること(蘇生)=revive、再びこの世に生まれること(再誕)= resurrection、心を改めて正しい生活に入ること(更生)=rehabilitation、過去に学習または経験したものを思い出すこと(再認)= recognition。すべて「再生」である。

『音の始源を求めて presents 電子音楽の個展』とは、このままでは失われる恐れのある電子音楽を、再生し、蘇生し、再誕し、更生し、再認する試みである。レコードやCDやラジオやSNSで聴くのもいいが、コンサートで体験することで、生きた電子音楽の新たな魅力に触れられるはずである。(2025年7月23日記)

Share This Post