sonoに投稿されたイベントの中から注目のパーティー特集!
SOLIDROOMS
marcoさんとCOSMOGANGさんがプロデュースする90年代オールドテクノパーティー「SOLIDROOMS」。前回ご紹介したのは2024年3月、渋谷・頭バーでの開催でした。あれから2年、会場を渋谷OTOに移して回を重ねてきた同パーティーの2026年9月13日(日)の回に、なんとTOBY(Toby Izui)さんが出演します。
ベルリンの「Love Parade」を筆頭に、Sven Väth、Dr. Motte、Mijk van Dijk、Steve Bug、Der Dritte Raum、2raumwohnungといったアーティストを日本に紹介してきたパイオニアであり、伝説的クラブMANIAC LOVEのレジデントDJ。90年代のテクノをリアルタイムの現場で作ってきた「テクノ外交官」が、なぜ今、アマチュアから始まった90年代テクノ限定のパーティーに立つのか。
TOBYさんご本人と、主催のmarcoさん・COSMOGANGさんにたっぷりお話をお伺いしました!

テクノとの出会いは?
TOBY: テクノとの出会いは、多分1988年とか89年ごろですね。オーストラリアのメルボルンに行ったときに、地元の友達に初めてウェアハウスパーティー、レイブパーティーに連れて行ってもらって、そこで「わお、これだ」と。
そのころちょっとバリ島に住んでいたりもしたんですが、メルボルンには行ったことがなくて、「メルボルン結構アツいぜ」みたいな話も聞いていたので、ちょっと行ってみようかなと思って行ったらですね、「わお」って感じでした。人生変わっちゃいましたからね。振り返ると、あれがなかったらどうなったんだろうみたいな。
そこからDJを始めようという感じになったんですか?
TOBY: それまでもいろんな音楽を聴いてはいたんですけど、自分が参加できるジャンルじゃなかったんですよね。自分はギターを弾くわけでもミュージシャンでもないし、業界にコネがあるわけでもないし。
でもテクノに関しては、誰でも参加できる。もちろん言葉の制限もないし、DJだって結局レコードをかけられれば、選曲ができれば誰でも参加できるジャンルだったんです。すごくユニバーサルな感じで、「あ、自分がいるところはここなんだ」って、自分の居場所が見つかったみたいな感覚でした。しかもそのフィールドは世界中にあって、いろんな国でテクノシーンやクラブシーンができていた。これはいろんなところを訪ねていくしかないなと。
メルボルンから東京に戻って東京のクラブシーンとも仲良くなって、知り合いもたくさんできて。でも同時にもう自分はトラベラーモードになっちゃっていたので、ベルリンの友達を訪ねて行って、その後10日間のつもりでイビサに行ったら3カ月いたみたいな(笑)。そこでドイツの有名なDJたちと知り合いになって、コネクションがどんどん増えていったんですね。
で、コネクションができたから、今度は東京に戻って、東京のクラブシーンとドイツのシーンをつなげる——仕事というわけじゃないんですけど、いろんな人を呼んだり紹介したりということをしていました。DJを始めたのはその後ですね。
90年代、国内のテクノの空気はどんな感じでしたか?
TOBY: (国内テクノのパイオニアと呼ばれることについて)いやいや、先輩方はいらっしゃいますからね。DJ WADAさんとか、DJ K.U.D.O.さんとか。
ちょうどバブル絶好調のときだったので、基本的に日本は裕福でしたよね。僕は高校生のころからディスコで遊んでいたりもしたので、70年代・80年代のディスコ文化も見ていたんですけど。
そのころ20代だった人たち、90年代に20代だった人たちって、その前のジェネレーションに比べてものすごく実験にあふれていて、外国に対するコンプレックスも非常に少なくて。すごく人生を謳歌しているというか、本当に人生を楽しんでいる人たちが多かった。それが大きな違いですかね。その前になると、戦後を引きずっているとは言わないけれど、やっぱりちょっとオールドスクールな感じで。
だからその自由な雰囲気は時代を象徴していたというか、それがテクノだったりハウスだったり、そういった音にうまくマッチしていたと思いますね。その前ってディスコとかロックとかレゲエとか、割と縦のシーンだったけれど、そこからすごく横のつながりが増えていった、変わっていったと思います。
ドイツのテクノアーティストと知り合ったきっかけは?
TOBY: ドイツのテクノシーンにコネクションができて、多分91年とかそれくらいから、よくドイツに行くようになったんです。最初にきっかけを作ってくれたのがミュンヘンのDJ、DJ Olafで、彼とはイビサで知り合いました。彼がいろんな人を紹介してくれたり、ドイツ中のいろんな都市のクラブに連れて行ってくれたりして。
そこでベルリンでLove ParadeのオリジネーターであるDr. Motteとか、いろんな人を紹介してもらって、どんどんコネクションが広がっていきました。
Mijk van Dijkとは、多分、僕がよく一緒に行動していた友人の家に遊びに来たマイクと顔見知りになったのが最初で。その後、MFSのオーナーであるMark Reederが経営していた店に行ったらマイクがいて、というふうにだんだん顔見知りになっていきました。
そのうちにマイクがMicroglobe名義でヒットを飛ばしてアルバムも出て、同時に日本でも、僕がDJでマイクの曲をかけるとすごく受けたんですよ。ちょうどそのころ仲良くなったのちのFrogman Recordsの面々とも「Mijk van Dijk呼ぼうかな」みたいな話で盛り上がって、「呼ぼう呼ぼう」と。それで僕がまたドイツに戻ってマイクに改めてオファーをしたんです。
そしたらマイクは自分のアパートでボンバーマンをやっていて(笑)。「あ、マイク日本のゲーム好きなんだ」って。日本の文化や漫画も大好き、ゲームも大好き、『攻殻機動隊』も大好きみたいな。

ドイツのテクノアーティストを日本に紹介したきっかけは?
TOBY: コネクションをいっぱい作ったので、そのころちょうど西麻布にあったクラブYELLOWが月1回ドイツのDJを呼びたいということで、そのお手伝いをしたりしましたね。
石野卓球さんとの出会いは?
TOBY: ちょうどそのころ、僕はたまたまロンドンにいて。水曜日だったかな、ロンドンのテクノのクラブに行ったら卓球くんがそこにいて、お互いなんか目が合って。卓球くんのほうから「あ、俺、卓球。よろしく」みたいな感じで。「変わった名前の人だな」って(笑)。僕はそのころ、電気グルーヴを知らなかったので、そんな有名人だとも全然知らなくて、「面白い名前の人だな」みたいな。
電気グルーヴの「虹」をMijk van Dijkに紹介したきっかけは?
TOBY: 「虹」に関しては、マイクを初めて呼んだときですね。確かマイクが僕の車に乗っていて、「これ電気グルーヴっていうんだ、聴いてみる?」って感じでかけたら、すごく気に入ってくれて。それを彼がベルリンに持ち帰って、MFSのMark Reederにプレゼンして、「出そう」ということになったんです。
marco: 極端に言うと、TOBYさんがマイクさんに「虹」を聴かせていなければ、その後の流れは多分なかった。極端に言えばそういう感じですよね。
TOBY: まあ、そうだと思う。
marco: 「虹」のリミックスが2パターンあるじゃないですか。水色の『NIJI (The MFS Remixes)』と、TOBYさんのリミックスが入っている『NIJI (The MFS Twilight Remixes)』。あれはどういった経緯で2つ出たんでしょうか。
TOBY: いろんなリミキサーにMFSのほうで依頼したので、マイクも2バージョン作ったし、僕も入っているし。レコードってそんなにたくさん入れられないじゃないですか、せいぜい3曲くらい。だから単純に、リミックスがいっぱいできちゃったって感じじゃないですかね。The MFS Twilight Remixesは結構後のほうになって、Markから「TOBYもやってくれない?」ってオファーしてきてくれましたけどね。
日本と海外で、当時の熱気に違いはありましたか?
marco: Love ParadeもTOBYさんはリアルタイムで現場にいらっしゃったじゃないですか。90年代、これから日本でテクノが盛り上がるという時期と、海外との熱気の違いって、両方を知るTOBYさんにしか分からない部分だと思うので、どうしてもお聞きしたくて。
TOBY: どうでしょう。もちろん最初は僕1人しかいなかったけど、年を追うごとに日本人のテクノファンも参加するようになっていったんですよ。当時は日本が豊かで飛行機も安かったし、その当時20代の人たちは結構行動力があって、「自分たちで行きます!」みたいなたくましさがあった。
だから、ドイツのクラブシーンと日本のクラブシーン、情熱に関して言えばそれほど違いは感じませんでしたね。どっちかっていうと(日本のほうが)微笑ましいくらい。それ以前って、海外旅行というとツアーで行かなきゃとか、行ったとしてもゴールデンウィークだけとか、パリやロンドンみたいなすごく有名な街しか行かないとか、そういう時代じゃないですか。ベルリンですよ。何にもないんだから(笑)。
今は名前を変えて「Rave the Planet」というパレードをやっていますから、皆さんまだ間に合いますよ。
「TOBYNATION」という名義について教えてください。
TOBY: 全然使い分けはなくて、ただ単に、ドイツの友達がつけてくれたあだ名なんです。このプロジェクトはTOBYNATION、このプロジェクトはDJ TOBY、みたいな使い分けは全然していなくて、もうそのときの気分ですね。
ただ、NATIONってつけるとちょっとワールドワイド感というか、ユニティ感があるので、自分でも好きなあだ名です。今から振り返ると、結構トランスっぽいものをリリースしていたときとか、Mijk van Dijkのリミックスをしたときも「TOBYNATION REMIX」だし、そのときの風潮というか曲調に合うプロジェクト名を、無意識につけていたって感じですかね。
Steve Bugがリリースした『Toby Nation』というEPは、TOBYさんと関係が?
COSMOGANG: 95年にSteve Bugがリリースした『Toby Nation』というタイトルのEPがあるんですけど、あれはTOBYさんと関係があるんですか?
TOBY: もちろん関係ありますよ。世界のどこにほかのTOBYNATIONがいるんですか(笑)。
あのEPを作ったのはSteve BugとAcid Mariaですよね。2人とも90年代の初めにイビサで知り合ってからずっと友達で。彼ら2人でなんか曲を作ったらしく、僕は全然関わっていないんです。多分、日本語のサンプルを使っているから名前を『Toby Nation』にしただけ。まあ、彼らのユーモアですよ。サンプル選びとかにも全然関わっていないです。
つい先週かその前くらいにSteveが東京に来ていて、いろいろ思い出話に花が咲きましたけどね。
COSMOGANG: ありがとうございます。謎が解けてよかったです。
共作の思い出や、ソロの曲作りとの違いは?
TOBY: 僕はすごくラッキーで、いい先生に巡り会っているんです。一番最初に曲作りを習ったのはMijk van Dijkで、彼はすごくジェントルマンで、いろいろ教えてくれて、なおかつ僕が出すアイデアもちゃんとリスペクトして踏み込んでくれた。ご存じのように結構オタク気質なので、機材にもすごく詳しい人で。
Thomas Schumacherはどちらかというとそれほど機材オタクではないんだけど、すごくセンスがよくて、勢いで作るタイプかな。曲のイメージがちゃんとできていて、そこに向かっていくタイプですね。制作の仕方って2通りあると思うんですよ。イメージに向かっていく人と、ちょこちょこセッションをやりながら「こんなのできちゃった」という人と。
Gabriel Le Marと一緒に作ったときは、彼がダビーなテクノを得意にしている人なので、ダブのテクニックを使って作った。その影響で、その後リバーブやディレイをかけまくった曲を作ったりとか。いろんな人からやっぱり吸収させてもらっていますよね。
TOBYさんご自身はどちらのタイプですか?
TOBY: 僕は多分、いろいろやってたらできちゃったタイプですね。理想を言えば、流木を削る感じ。僕はテクノDJだからテクノを作らなきゃいけない、みたいなお約束ごとを一切取り払って、海辺で流木を拾ってきて削って、なんか形にするみたいな。それが理想かな。なかなか最近は忙しくて自分で曲作りもしていないんですけど。……ゲームばっかりやってますよ(笑)。
「断る理由が分からない」——TOBYとSOLIDROOMS

SOLIDROOMSのお二人との出会いは?
marco: こばみーさんという女性オーガナイザーが主催されている「TECHNO LOVERS」というイベントが渋谷の頭バーであって、そこでTOBYさんの出番の直前で我々SOLIDROOMSの2人がB2Bで出させていただいて、TOBYさんにお渡しするという奇跡的な場面があったんです。1年ちょっと前ですね。
1曲目にMijk van Dijkの「Shelter」のTOBYNATION REMIXをかけて、TOBYさん怒るかなと思ったら全然怒らなくて(笑)。すごく柔らかく受け取っていただいて、緊張をほぐしていただいたのを非常に覚えています。すごく優しい方だなと。
その後は何度かSOLIDROOMSにも足を運んでいただいて、SOLIDROOMSオリジナルTシャツを差し上げたら普段からいろんな現場で着ていただいたりとか。もう完全にSOLIDROOMSのファンになっていただいたんだなと。TOBYさんがSOLIDROOMSを応援していただいているという。
TOBY: 2回行ったんだよね。(Tシャツは)緑色を持ってる。

TOBYさんから見て、お二人はどんな印象でしたか?
TOBY: 応援する理由は(90年代テクノと人柄の)両方ですね。若い人たちが90年代テクノを再評価してくれるのは、やっぱり僕らは嬉しいし。もちろん2人ともとてもいい人たちなので、一緒に遊んでくれるし。もう本当に、一緒に遊んでくれてるんですよ。
90年代テクノ限定というこだわりの強いイベントについてはどう思われますか?
TOBY: ほかのジャンルで言えば、80年代限定のダンスクラシックスのパーティーとかもあるじゃないですか。だから90年代テクノ限定ももちろんあっていいわけだし。
こっちとしてはもう、懐かしい曲がほぼほぼ忘れていたようなものだから、「あれ、これ何だっけ」みたいな(笑)。「あった、あった。これ、あのレコードどこだったっけ」みたいな感じで、再発見になるんですよね。
marco: TOBYさん、9月のSOLIDROOMSではレコードの割合を多めとか、どういったセットの予定なんですか? 現在8000枚から絞った厳選2000枚のレコードをお持ちだと聞いたんですけど、その中から何枚かでもお持ちいただければ嬉しいなと。無理にとは言えませんが……。
TOBY: レコード重いからやだ。めんどくさい(笑)。……検討します。これはその日のお楽しみってことで。
現代のテクノシーンにおいて、90年代テクノが持つ意味は?
TOBY: やっぱりあの時代のバイブを持っているので。ノスタルジー半分ですけど、ああいうすごくユニークな時代があったということを、90年代の曲を聴きながら感じてくれると嬉しいですよね。
今は今で、こういう世の中にマッチした新しい曲ができてきて、それをかけることで今のバイブを表現する。でも音楽のいいところって、昔の曲を聴くと昔のバイブを感じることができるところ。だから、今の時代に90年代の曲を聴くというのも、とてもいいことだと思いますけどね。

普段のプレイで90年代の曲をかけることは多いですか?
TOBY: ほぼないですね。たまに1曲くらい。最近はUSBやコンピューターでDJすることが多いので、昔の曲もすぐ引っ張り出せるんですよ。DJをしていて「そういえばこの曲、この後にどうかな」と思ってかけちゃおうとか。「今日は絶対90年代でやるぞ」みたいなリストは、あんまり作らないですね。
曲ってご縁だと思っているので。いろんなところで探していて、誰かのプレイリストにUnderworldの曲が出てきて、「あ、そういえばこの曲いいよね」って買っておいて、「そういえばこれあったな、ちょっとかけちゃおう」みたいな。
キャリアの長いDJでも90年代縛りのオファーを断ることもある中で、なぜ出ていただけるんでしょうか?
marco: 我々の90年代縛りのイベントでDJオファーをすると、キャリア20年30年ある方でも中には断る方もいらっしゃるんですよ。なぜTOBYさんは出ていただけるのかなと。しかも90年代当時からやっていた方が、改めて90年代縛りのイベントに出ていただける理由を、どうしてもお聞きしたくて。
TOBY: 逆に、断る理由が分からない。
まあ人それぞれだと思うんですよ。でも僕はレコードもいっぱいあるし、やっぱり懐かしいし、多分僕が一番楽しいと思うし。毎月毎月90年代縛りのイベントばかりに出ていたら、それは自分のイメージが変わっちゃうからってなると思うけど、年に1回あるかないかだし。ドイツでも90年代縛りのイベントは結構あるんですよ。年齢層はすごく高めになると思うけど(笑)。
marco: でも我々のイベントにはリアルタイムで90年代テクノを聴いていた世代の方も多いですが、20代の大学生の方が来て、自分が生まれる前の曲を聴いて「テクノの源流ってこうなんですね」「昔のテクノいいですね」って普通に会話がある。クラブの場でテクノを共通項に20代の大学生と話せるっていうのも、テクノのよさだなと思うんですよね。
TOBY: そうなんですよ。いろんな年代の人がコミュニケートできるっていうのが、いいところですよね。
90年代のご自身の曲をプレイする上でのこだわりは?
TOBY: かけるタイミングや状況にもよるんですけど、「じゃあこの次の曲はこれが合うな」と思ったら、それがたまたま自分の曲だったみたいな感じで、流れに任せてやったほうがいいので。欲張るとコケるので(笑)、せいぜい90分あったら自分が関わった曲は1曲くらいですよね。
お客さんにも楽しんでもらわなきゃいけないし、というかお客さんが大事なので、やっぱりお客さんがその瞬間に聴きたいものをかけるべきで。それがたまたま自分の曲だったらいいけれど、そこまでこだわりはないですね。反面、ほかの人が自分の関わった曲をかけてくれると、すごく嬉しいというか、びっくりします。「こんな曲やったな、全然忘れてたよ」みたいな(笑)。
なぜ90年代テクノのイベントを始めたのか——TOBYからの逆質問
インタビューの終盤、TOBYさんから主催のお二人に質問が飛びました。
TOBY: 逆に聞きたいんですけど、なんで90年代テクノのイベントを始めたんですか?
marco: もともと電気グルーヴが好きで、それがきっかけでテクノにハマりまして、国内の「LIQUIDROOM」や「MANIAC LOVE」とか海外のクラブも含めてずっと踊る側だったんですけど、40代になってたまたまDJバーでDJを始める機会がありまして。音源はずっと買っていたんですが、改めて自分は何が一番好きかというと、やっぱり昔のテクノなんですよね。もちろん今のテクノもいいんですけど。
90年代テクノをリアルタイムで聴いていた世代はもちろんですが、若い方が何の情報もない状態で聴いたときに、絶対いい曲だと思ってくれると思って、私は特に90年代テクノ中心にDJを始めました。でもそういう場があまりなくて、だったら自分で主催したいなと思っていたところでCOSMOGANGと出会って、意気投合してSOLIDROOMSを始めたという感じですね。私は後からDJを始めた人間なので、今自分がDJをやるなら90年代、今のテクノじゃないほうがいいかなという、自分のDJキャリアからしてそうしました。
COSMOGANG: 自分は2000年代前半からDJを始めていて、そのころはやっぱり当時リリースされていたレコードをかけていたんですよね。2000年代前半だから、ハードなトライバルテクノが流行っているときはそういうのもかけていましたし、また別の流れでディープでクリックっぽいものをかけていた時期もあって。
で、しばらくDJを休んでいた時期があったんですけど、あることがきっかけでテクノのパーティーに呼んでいただくことになって、改めてどういうスタイルでやろうかなと思ったときに、かけたいなと思う曲が90年代の曲が非常に多かったんです。組み込むセットの割合で言うと90年代テクノが非常に多くなっていることに気がついて、改めて「自分はやっぱり90年代テクノが好きなんだな」と。
実際にそういう気持ちで組んだセットでプレイしたDJのときに、marcoさんに見てもらったりして、そこでお互い通じるものがあったんですよね。それで2人で、お互い90年代テクノが好きだから、それに特化したイベントをやってみたら面白いんじゃないかというところで始めたのがきっかけです。

レコード事情の話も
TOBY: レコードとかどうしてます? 中古で買うんでしょうけど。
COSMOGANG: 最近は高すぎてあまり手が出ないですよね。ものによっては当時本当に数百円で売っていたようなものが、もう何千円、4000円とかそういう価格で売られていたりするので。
TOBY: いやいや、僕なんて結局8000枚から6000枚を売りに出したとき、1枚10円で買い取りますみたいな(笑)。
marco: もったいない! SOLIDROOMS買い取り業者が行きましたよ、そこに。車で乗り付けました(笑)。
TOBY: 2人に売りつけりゃよかった。まあ、僕はいいんですよ、場所もないので。今ってごみを出すのも有料じゃないですか。それを思えば10円でも100円でもいいんですよ。
——いえいえ、ごみじゃないです。お宝ですよ!
お二人が持っているTOBYさんへのイメージや、受けた影響は?
marco: 先ほども申し上げたんですけど、実際に現場でTOBYさんの優しさというか、人柄がにじみ出ていて。気軽に話しかけたりできないかなと思ったんですけど、普通にお話をさせていただいて本当にありがたかったなと。
「虹」のリミックスで「TOBYNATION REMIX」が出たとき、石野卓球さんが「このリミックスシリーズは絶対買っとけ」と当時言っていて、「あ、そういうことなんだな」「買っといてよかったな」と後から思ったり。ああいうリミックスって、そのときしか買えないものもありますし。
個人的には、「虹」のリミックス以外だとMijk van Dijkさんの『マルチ・マイク』というCDでTOBYさんを知りましたし、TOBYさんとマイクさんの共作曲が入っている『チームワーク』というアルバムをすごく聴き込んでいて。あとTOBYさんはミックスCDも結構いろいろ出されていて、Thomas Schumacherさんの『Save As: Thomas』や『ラウンチ・パーティー』シリーズや『Essential Underground Vol.01: Berlin / Tokyo』という2枚組とか、「あ、これTOBYさんのやつなんだ」とか。そういうのをずっと聴いて、「あ、やっぱりテクノってこうだな」「TOBYさんのミックスってこうなんだな」って、素人ながら聴いていた思いがあって。その方と今こうやって普通に話ができていて、もう泣きそうなくらい感無量な状態です。
COSMOGANG: 自分はmarcoさんより年齢もちょっと離れているので、テクノを聴き始めたのも90年代の後半なんです。TOBYさんのことを知ったのも大体98年くらいだったと思います。
今marcoさんのほうから話があった『マルチ・マイク』ももちろん大好きなCDの1枚なんですけど、どうしても言いたいのが、昔発行されていた『GROOVE』という雑誌があるんですね。これ、98年5月号なんですけど、石野卓球さんが表紙の号で、もちろんこの中にTOBYさんのインタビューも載っています。
で、僕にとってこれより重要なことがありまして。この『GROOVE』98年5月号の別冊付録なんです。当時セガサターンという家庭用ゲーム機があって、「テクノモーター」という作曲ソフトが発売されていたんですけど、そのテクノモーターで実際にTOBYさんが作曲されていて、その音源が付録CDに収録されていたんですよ。
そして、私が作曲をするきっかけになったのも、そのセガサターンの「テクノモーター」というソフトなんです。当時まだ高校1年生だったので、パソコンはおろか機材を買い揃えて作るなんてこともできなかったんですけど、やっとアルバイトをしてセガサターンとテクノモーターを購入して作曲した、それがきっかけなんです。ちょうどそのころ、その雑誌の付録にTOBYさんが作曲された特集があった。これで私はTOBYさんを知ったんです。これだけは今日どうしても言いたくて。
TOBY: ……こんなのやったんだ(笑)。なんか、あったような気がする。悪いけど今度その『GROOVE』ちょっと持ってきてくれない? 最近いろいろ昔の雑誌を整理していて、その号がないんだよね。自分の知らない歴史を教えてくれてありがとうございます。
marco: 自分も『GROOVE』はその号だけは残してあります。本当にその号だけ(笑)。ちなみにCOSMOGANGはWIREの皆勤賞なんですよ。だからTOBYさんがWIREに出ているとき、全部彼は行ってるんです。ある意味、追っかけみたいなところもあるので。
COSMOGANG: 自分は99年から、終了するまでのWIRE13まで全15回、すべて行ってます。
DJとして現場で会ったときの印象は?
COSMOGANG: もう緊張してそれどころではなかったんですけど(笑)。前々からちょくちょく目の当たりにはしていたんですが、TOBYさんってほかの方がDJをやっているときにブースの横に出てきて、一緒に踊ってくださるじゃないですか。その印象が強いんですけど、実際に我々と共演していただいたときもそのノリのままだったので、それがすごく嬉しいのと、すごく緊張したという。

出演者と会場について
出演者の皆さんについて教えてください。
COSMOGANG: まず、ideというDJですね。彼は僕の古い友人で、大体20年くらい前に「mixi」というSNSがあったと思うんですけど、その中に都内近郊に住むテクノ好きが集まって「ああでもないこうでもない」と話す「テクノ部」というコミュニティがあったんです。そこで知り合ったのがきっかけですね。
当時はそのコミュニティで仲良くなった友達同士でパーティーに遊びに行ったり、ただ飲みに行ったりしていたんですけど、いつの間にか連絡を取ることもなくなってしまって。それが3年くらい前に、我々SOLIDROOMSの1回目をやった千葉県・津田沼の「MEDITECH」というテクノパーティーに彼が出演してDJプレイをしている動画をTwitterでたまたま見かけたんですよね。「これってもしかして」とダイレクトメッセージを送ったら「あ、お久しぶりですね」と。そこでおよそ20年ぶりの再会を果たしました。今ではもうSOLIDROOMSの準レギュラーくらいの立ち位置になっています。
marco: SOLIDROOMSは年4回やっているんですけど、必ずそのうち1回は絶対出てもらっているくらいの方ですね。レコードを何千枚も所有しているヴァイナルDJで、昔のテクノも豊富なコレクションをお持ちです。
COSMOGANG: 次はKUNIさんですね。埼玉県の浦和で「KUNI HOUSE」というお店をやられている方です。お知り合いになれたきっかけは、先ほど話に上がったこばみーさんが主催されている「TECHNO LOVERS」に遊びに行ったときに紹介していただいて。
KUNIさんも90年代から電気グルーヴの影響でDJをやられているということで、90年代テクノに関しては非常に思い入れがある方なんです。「今自分はこういうイベントをやってるんです」というお話をしたら「ぜひ出てみたいです」というお話をいただいて、今回のご出演に至るということですね。
そしてNobuharu Morimotoさん。Morimotoさんは、私とmarcoさんが出会うきっかけになった「OUTSIDER」という都内でやっているテクノパーティーのレジデントDJのお一人です。我々2人が知り合った、とてもターニングポイントとなるイベントのレジデントDJですね。トラックメイクにも結構力を入れていらっしゃる方で、ヨーロッパのレーベルからいろいろリリースされたりもしていて、今すごく頭角を現しているような気がします。
marco: 補足すると、Morimotoさんは1年くらい前にも1回出ていただいていて、「モリモトミュージック」というチャンネルを運営しているYouTuberでもあるんですよ。日本のYouTubeのテクノ界では一番有名と言っても過言ではないくらいで、2万5000人くらいの登録者がいらっしゃいます。1年前にも出ていただいて、我々のイベントの告知もいろいろやっていただいて。告知の動画まで作ってくださったので、TOBYさんが出るこのタイミングでまた出ていただけるのは、一番ありがたいなというのもあります。
今回の会場「OTO」はどんなお店ですか?
marco: 前回取材いただいたときは頭バーだったんですけど、渋谷の「OTO」という箱に変わりまして。お店自体は移転も含めて31年やっている老舗の箱なんですね。我々もこういうコンセプトでとお話ししたら快く受けていただいて、今回で5回目になります。
渋谷駅から本当に近いです。一番近い出口から最短で行けば2分くらい。しかもお店が「音」というだけあって音響もすごくこだわっていて、大きなスピーカーで、テクノを聴いて踊るにはとてもいい箱というか。コンパクトな箱ですけど、素晴らしい箱だなと思ってやらせていただいています。オーナーの落合さんにも結構ご協力いただいている感じですね。今後もこのまま続けさせていただければなと思っています。
COSMOGANG: あと、昨今たばこの問題があると思うんですけど、OTOさんはしっかり隔離された喫煙ルームがあるので、たばこの煙がちょっと苦手というレイバーの人も気兼ねなく遊べる空間なんです。吸わない人からすると、多分すごく気になるところではあると思うので。
marco: あとはずっとSOLIDROOMSオリジナルTシャツも作っていて、毎回会場で限定販売してます。今回は白いやつの色違いでオレンジのバージョンも出します。色違いで買ってくださる方もいたり、コアなファンの方もいっぱいいらっしゃったりして、すごくありがたいなと思っています。
今回のフライヤーのコンセプトは?
COSMOGANG: 今回はTOBYさんに出ていただけるということで、「テクノ外交官」という異名もお持ちで、世界をまたにかけるDJ・TOBYということで、そういったグローバルなイメージ、すごく規模の大きい世界観を表現したくて作りました。
(フライヤーはTOBYさんご本人からもアドバイスをいただきながら、細かく修正を重ねたそうです。完成したフライヤーがこちら!)

イベント情報
SOLIDROOMS
日時:2026年9月13日(日)16:00〜22:00
会場:OTO(東京都渋谷区渋谷3-18-7 東一号館ビル5F/渋谷駅より徒歩約2分)
料金:¥1,000 + 1ドリンクオーダー
出演:TOBY / Marco / ide / KUNI / Nobuharu Morimoto / COSMOGANG
出演者プロフィール
TOBY(Toby Izui)

DJ、音楽プロデューサー。ベルリンの「Love Parade」や、Sven Väth、Dr. Motte、Mijk van Dijk、Steve Bug、Der Dritte Raum、2raumwohnungなどのテクノアーティストを日本に紹介したパイオニア。1993年にキャリアを開始し、東京の伝説的なテクノクラブであるMANIAC LOVEのレジデントDJのほか、WIRE、RSR、Free Dommune Zeroなどのフェスティバル、フランクフルトのOmen、ベルリンのTresor、オーストリア、チェコ共和国、フィンランド、ポーランドのクラブなど、幅広い経験を持つ。また2000年にThomas Schumacherと共同制作した「Train to Tokyo」がドイツのテクノシーンでヒット。2008年には石野卓球(aka 電気グルーヴ)のレーベルでデビューソロアルバム『ELECTRICSMOOCH』をリリース。2011年2月には、日独関係の150周年を祝してSven Väthとともに「Techno in the 21st Century」と題するパネルディスカッションに登壇。そして2024年8月、「Love Parade」の後継イベントであるRave the Planet 2024にDJとして参加している。彼のモットーは「音楽を通じた世界的なコミュニケーション」であり、2020年代においても、彼はなお進化し続けるテクノの旅に情熱を傾けている。
▼ TOBY 関連リンク
Toby at Rave the Planet 2024
London Elektricity feat. AMWE / LON 8PM ⇄ TYO 4AM Toby +T-AK Shibuya OIRAN Mix
DJ mix(Mixcloud)
Nobuharu Morimoto

東京を拠点に活動するDJ/プロデューサー。ディープでヒプノティックなテクノを軸に、硬質なグルーヴ、ドライビングな展開、フロアに向けた力強いサウンドを構築する。Unrilis、Say What?、Crash!など国内外のレーベルからリリースを重ね、活動の幅を広げている。
YouTube:youtube.com/@nobuharumorimoto
KUNI

学生時代に電気グルーヴのラジオを契機にTECHNO、DEEP HOUSEといったDetroitやChicagoをルーツに持つダンスミュージックに出会い、1997年よりDJを始める。2019年6月よりDJ BAR「KUNI HOUSE」開店。
ide

中学生時代に石野卓球のBERLIN TRAXと出会いテクノの世界に傾倒し、2000年よりDJ活動をスタート。ヴァイナルオンリーでのプレイにこだわり、レコードを掘り続ける日々を送る。職業は某メーカーのヘッドホン音響エンジニア。猫と料理をこよなく愛する。

Marco
90年代前半に電気グルーヴによって創設された「テクノ専門学校」に入学しTechnoにハマる。国内外のクラブでTechnoを浴びていたヤングライオン時代に「出る前に負けること考える馬鹿いるかよ」と闘魂を注入される。「時は来た、それだけだ」の言葉を残しTechnoDJとしての活動をスタート。ストロングスタイルを継承し、「テクノ道」を極めるため、日々ゴッチ式トレーニングに励んでいる。得意技は、HardMinimal。90年代テクノをこよなく愛し、OldTechnoの魅力を伝えるべくスタートしたテクノパーティー「SOLIDROOMS」をCOSMOGANGと共にオーガナイズ。不定期ながらも都内各所で開催し、クラブミュージック情報メディア「sono」で特集されるなど好評を得ている。
COSMOGANG
東京都出身、DJ/トラックメイカー。2004年から渋谷を拠点にDJ活動開始。テクノを主軸にエレクトロ、ディスコなど幅広くプレイ。オールド・テクノの魅力を伝えるべくスタートしたテクノパーティー「SOLIDROOMS」をMarcoと共にオーガナイズ。老若男女を問わず全国のテクノ・フリークから絶大な支持を得ている。
▼ SOLIDROOMS
Instagram:solidrooms_technoparty
X:SOLIDROOMS2023
90年代のテクノを、現場のど真ん中で作ってきた人。そのTOBYさんが「逆に断る理由が分からない」と言い切ってくれたことに、SOLIDROOMSというパーティーの2年間が全部詰まっているような気がします。
アマチュアとして始めたイベントに、当時をリアルタイムで生きたプロのDJが「出たい」と言う。そして20代の大学生が、自分が生まれる前の曲で踊る。90年代テクノが今もちゃんと現役だということを、9月13日(日)の渋谷OTOで確かめてみてください!