みなさんこんにちは。だいぶ久しぶりとなってしまいました。第8回の火星音楽通信です
今回のタイトルは『とても流動的』です。
こういった記事はゆっくりと時間をかけて書こうとすると、少し時間が経過したのち読むともうその時の自分とは違う思考が自分の中を巡っていて、自分が書いた文章に全く共感できなかったり、不快にすら感じることもあって本当に難しい。
なので、自分の場合はひとふでがきのようにさっと書き終えてさっさとアップロードした方が良い。
前回の第7回を書き終わってから実は何本も記事を書いてはいたのですが、先に書いたような理由でちょっとアップロードまでに時間が空いたが為に全部消す羽目になってしまっていたのです。
音楽の嗜好についても似ていて、ただ、好きだったものが嫌いになったりということはないものの、短期間で、あるものを聴いたのがきっかけで自分の頭の中の常設ライブラリが根こそぎ入れ替わるようなことが多々ある。
だからなんだ?
と言われたら非常に困るのですが、ここで音楽を紹介するなどしている以上、今好きだと思える音楽を素直に紹介できるということは意外に重要なのです。今現在特にハマっているわけではない愛聴盤を次々に紹介することは可能ですが、それは何か自分が何をしているのか分からないまま夢遊病のように音楽について語っているように思えてならないのです。
久しぶりな上に冒頭から頭がおかしくなるような話をすみません(笑)
というわけで、今激ハマりしているのがなぜか
David Bowie
さんです。そういえば亡くなった時に自分の内面的に意外なほど喪失感を感じたのがDavid Bowieだったのです。もちろん好きは好きでしたが、内側にまで入っていけないような硬い殻に囲まれたようなBowieの音楽はどこか自分の中でいつも未消化な感じがあったものです。
長くなりすぎましたので早速好きなアルバムなど紹介していきたいのですがまずは
“toy”

アルバムは実は2000年に完成していたBowieの意欲作なのですが、何とレコード会社にボツられていたという驚きの作品。とても良いのですよ。しかし、「もしこれがボツられていなくて、ふつうにリリースされていた場合その時の自分がどう思ったか」というifはもう知りようがなく、「レコード会社によってボツられたが死語リリースされた作品」として自分が無意識に認識させられているのがとても悔しいですね。
ちょっと何言ってるか分かりませんでしょうか(苦笑)
まあでも作品を聴き続けていけばそうした雑事はもはやどうでもよくなっていくのでしょう。
次に
“Blackstar”

2016年リリースですが、リリースとほぼ同時にBowieは死去します。なので、どうしても死去とリンクしてしまう重たい作品と捉えてしまってするっと聴けなかったのですが、10年を経てそうした現実マターが少し遠ざかって作品をそのまま受容することができるようになってきました。
とはいえ、やっぱりもう死期を悟った上で作品を作っていただけあって内容はやはり覚悟を決めたようなものが感じられます。それでもBowieの作品の良いところはあんまり現実世界の雑事を具体的に歌ったようなものは少ない(と思っている)ので、聴いていて何かに囚われるということはないです。
“the next day”

2013年の作品。もはや解説とか音楽雑誌、ライナー類も一切読まないのでBowieが何を考えてこの作品を作ったのかとかそういったコンセプト的な部分、概要的な部分は全く分からない。名盤”heroes”のジャケをベースに使ったことの意味とかも全く知らない。でも、硬質で理解しにくい内容はとても飽きにくい。そして、そのサウンドはリスナーにすり寄ってない、Bowie制作陣が良いと思えるものを追求した感じで非常に好もしいのだ。
“Black Tie White Noise”

1993年リリース。このアルバムは個人的にすごく内容が薄く感じる。色んな音楽の台頭とテクノロジーの狭間で見失っていた感じのBowieが現実に帰ってくるための肩慣らし的な作品ではないかと思っている。カバー曲も多いし、そのカバーもなぜBowieが?という感じだったりしたものだ。
でも、音楽に意味的なものやコンセプト、世界観的なものを見出すクセが抜けた時には良いと思えるのではないかと思います。
まだBowieさんの作品聴きたりないので次回も続けたいです。ではまた。