このサントラ、ちょっとレア。第61回 いまさらですがマイケル・ジャクソンと映画の関係を考える件

レアとおぼしきサントラを勝手気ままに紹介していく『このサントラ、ちょっとレア。』志田一穂が、今回もご案内させていただきます。

さて、すっかり映画『Michael/マイケル』旋風もおさまってきてしまいましたが、ちょうど明日8月29日がマイケルの生誕記念日でもあるので、遅れてきたのもなんのそので、マイケルと映画の関係について、ちょっと考えてみようかなと思った次第。

まずマイケルが最初に映画とコラボしたのが1972年の『ベン』ですね。凶暴なネズミのパニック映画に仕立てあげようとしていたようですが、マイケルが主題歌を担当することになったためか、一気にネズミと少年の垣根を越えた友情物語になっていったとか。そんな内容にフィットするかのようにまだ少年時代のマイケルの澄んだ歌声によるバラードが清らかに響くのであります。まぁレコードジャケットのネズミはちょっと怖いですけどね

この頃のマイケルはもちろんまだジャクソン5時代。とは言えマイケルのソロ活動も盛んだった頃で、スパルタな父親マネージャーとの決まりでソロはいいけどジャクソン5を抜けることは許さないというダブル・スタンダード状態。少年だったマイケルとしてはその後も一番多忙な時期と記憶しており、当然友達もできず公園で遊ぶとかももってのほか。だからこそこの『ベン』の友情物語に強く心を打たれていたとか。

そんな気持ちがそのまま青年時代になって登場するのが1982年に公開した名作『E.T.』(1982)の物語をマイケル自身がストーリーテラーとしてナレーションで収録したレコード・アルバムが『E.T. ストーリーブック』ですね。

このストーリーブックにはマイケルによるオリジナルの挿入歌「Someone In The Dark/暗がりに隠れている君」が収録されてまして、これがまったくもってして美しいバラードなのです。マイケルはこんな風に映画と接点を持ったりしていたんですね、しかもあの『E.T.』と。

このように映画作品と間接的なつながりを持っていた楽曲に「Happy」というレア曲があります。これは1972年の映画『ビリー・ホリデイ物語/奇妙な果実』で登場したミシェル・ルグランの楽曲に改めて歌詞がつけられたもので、それを少年時代のマイケルが歌い、ソロアルバムに収録された、ということなんですね。

ちなみにその『ビリー・ホリデイ物語』の主演を務めたのが誰あろうジャクソン5をモータウン・レーベルに引っ張ってきた(という演出の)ダイアナ・ロスだったりするのです。まぁそういうつながりのツナガリで、様々なストーリーも演出されているということなのでしょうね。

そのダイアナ・ロスとすっかり青年となり歌もダンスもピカイチに成長したマイケルが共演したミュージカル映画が『ウィズ』(1978)です。

この作品はあの名作『オズの魔法使』(1939)を、アフリカ系アメリカ人キャストでリメイクしたもので、なんとあのマイケルがここではドロシーとともに行動を共にするカカシ役なんですね。

まだまだ大ブレイクには至っていなかったマイケルとしてはカカシだろうがブリキ男だろうがとにかく鋭いダンスで魅了してくれるわけですが、重要なのはここで音楽監督を担当していたクインシー・ジョーンズと運命的な出会いを果たすことなんですね。

クインシー・ジョーンズはジャズ・ミュージシャンでありながら映画音楽コンポーザーとしても60年代から活躍してきた実力派でして、かのヘンリー・マンシーニらが築き上げてきた、映画音楽にポップでジャジー、そしてグルーヴィンなサウンドをそのまま継承しながら映画音楽の幅を広げてきた貢献人でもあるのです。『夜の大捜査線』シリーズ(1967/1970)のエッジの利いたサントラや、『ホットロック』『ゲッタウェイ』(共に1972)のクールなジャズ・サウンドなど、サントラ・レアグルーヴとして注目されてきたこれらは、とにかくこれまでにないヒップなサウンドで、映画界を音楽で盛り上げてきてくれていたわけです。

そんなクインシーがアーリー80sにシンセやビート・ボックスを駆使して作ったディスコ・サウンドが、前述した『ウィズ』にて炸裂したのですね。それを聴いて歌ったマイケルは、この先鋭的なサウンド・プロダクションこそこれからの自分の作品に必要なものだと確信するのです。

こうしてクインシーとマイケルはタッグを組み、あの全世界を魅了する三部作『オフ・ザ・ウォール』(1979)『スリラー』(1982)『BAD』(1987)の誕生となっていくわけですね。

特にアルバム表題曲「スリラー」は『狼男アメリカン』(1981)のオオカミ変身シーンを当の監督本人であるジョン・ランディスに演出を依頼して完全リメイクを果たすなど、映像製作への徹底ぶりは相当なものでした。

ミュージック・ビデオとは言え18分もの短編映画として作り上げた「スリラー」はオリジナル・ビデオソフトとしてもリリースされそちらも大ヒットと、逆に映画業界をビデオ業界サイドから脅かすというとんでもない現象まで巻き起こしました。

そうなるとミュージック・クリップならマイケルの十八番と言わんばかりに、「BAD」の映像演出もマーティン・スコセッシに預けてしまうんですね。

続けとばかりにディズニーランドのアトラクションと総指揮にジョージ・ルーカス、監督にフランシス・フォード・コッポラという『THX1138』(1971)『タッカー』(1988)コンビにガッツリ協力してもらった『キャプテンEO』(1986)も製作。

さらに作品全体が凝ったクリップ集と言われ賛否両論となったが子供たちには大人気だった映画『ムーンウォーカー』(1988)も登場。もうここまで来ると映画の枠を越えたマイケル・ムービーの広がりの強烈さよ、といったところです。

1996年にはまたまた短編映画『マイケル・ジャクソン 「ゴースト」』を製作し、翌年1997年にVHSとしてリリースするなど、その後もクオリティーの高いミュージック・クリップを作り続けつつ、映画『フリー・ウィリー』シリーズへの主題歌提供や、『メン・イン・ブラック2』(2002)への出演など、相も変わらず間接的、あるいはゲスト的に映画/映像の世界と、接点は持ち続けていたわけですね。

そしてマイケルの最後の映画作品になってしまったのが奇しくも急逝後に編纂されたライブ・リハーサル映画『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』(2009)でしたね。

ここで表題曲にして名曲「This Is It」が聴けてしまうことがなんという悲しい事態であったか。しかしながらこの映像がまたリハーサルとは思えないほどのクオリティーの高さで、これが本当に現実になって世界ツアーが実現しライブ本番をまとめたライブ・ドキュメンタリー映画になっていたらさぞとんでもない大傑作音楽映画になっていただろうなと、本当に驚いたものです。結局マイケルと映画を結んでいたのは当然ですがいつも音楽ありきだったということですね。自らが作り上げた楽曲を映像によってその表現域を広げ、すべての人たちに音楽の素晴らしさ、エンターテイメントの素晴らしさを届けてくれていたわけです。マイケルにとって、スクリーンはどこにでもあってどこにでもプレゼントできる、それが映画/映像であったのでしょうね。

というわけで今回はマイケル・ジャクソンを映像サイドからいろいろと観察し考えてみました。またカッキンでお会いしましょう。ピース!

志田一穂がジョニー志田名義でお送りしている湘南ビーチFM『seaside theatre』こちらは毎週土曜20時からOA中。是非聴いてください。湘南ビーチFM | Shonan BeachFM 78.9